認知症ケアの現場では、「不穏」「拒否」「暴言」「帰宅願望」「歩き回り」などの言葉が使われることがあります。
これらの言動は、対応が難しい場面として見られがちですが、本人の性格やわがままと決めつける前に、不安、体調、環境、生活歴、関わり方との関係から整理することが大切です。
BPSDとは、認知症の人に見られる行動・心理症状のことです。この記事では、介護職員がBPSDをどう理解し、日々の観察、介護記録、申し送り、チーム共有にどうつなげるかを解説します。
なお、本記事は制度解説や加算要件の説明を目的としたものではありません。法令上の義務と実務上の工夫を混同しないよう、介護現場での見方と情報共有のポイントを中心に整理します。
・BPSD(認知症の行動・心理症状)の基本的な意味
・「問題行動」と決めつけないための見方
・本人の不安、体調、環境、生活歴を確認する視点
・介護記録や申し送りで支援につなげるポイント
・医療職や管理者へ早めに共有したい場面
BPSDとは何か
BPSDとは、認知症に伴って見られる行動・心理症状を指す言葉です。
英語では、Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia と表記されます。日本語では、認知症の行動・心理症状と説明されます。
具体的には、不安、焦り、興奮、怒りっぽさ、拒否、暴言、歩き回り、睡眠の乱れ、幻視、妄想的な訴えなどが含まれます。ただし、BPSDは「困った症状」として見てしまうと、その情報を日々のケアに活かしにくくなってしまいます。
たとえば、夕方になると落ち着かなくなる利用者がいます。介護職員から見ると「不穏」と表現される場面です。しかし本人にとっては、自宅に帰る時間、家族の夕食を支度する時間、子どもを迎えに行く時間という感覚が残っている場合があります。
入浴を拒む場合も、単純に入浴が嫌いとは限りません。寒さへの不安、裸になることへの抵抗、浴室の音や明るさ、職員との関係、過去の経験、疲労、痛みなどが影響していることがあります。
BPSDは、本人の状態、生活環境、周囲の関わり、時間帯、体調変化を合わせて確認することで、支援の手がかりが見えやすくなります。
BPSDとして整理されやすい主な言動
| 現場で見られる言動 | 確認したい背景 |
|---|---|
| 何度も同じことを聞く | 不安、見通しの持ちにくさ、説明内容の理解や保持の難しさ |
| 帰宅を訴える | 場所への違和感、役割意識、家族への思い、夕方の生活習慣 |
| 入浴や服薬を拒む | 痛み、寒さ、不快感、説明不足、羞恥心、過去の経験 |
| 怒りっぽくなる | 疲労、体調不良、急かされた感覚、聞こえにくさ、関係性の不安 |
| 歩き回る | 目的のある移動、落ち着かなさ、トイレ、帰宅願望、環境への不安 |
表に出ている言動だけでは、本人の困りごとは分かりません。
BPSDを理解するうえでは、行動名をつけることよりも、その言動が起きた背景を確認することが大切です。
「問題行動」という見方がケアを狭くする
認知症ケアでは、以前から「問題行動」という表現が使われることがありました。
この表現には注意が必要です。
「問題行動」と表現すると、問題が本人の行動そのものであるように見えます。すると、介護職員の意識は、行動を止めること、静かにさせること、従ってもらうことへ向きやすくなります。
介護現場では、安全確保が必要な場面があります。転倒リスク、他利用者への影響、夜間帯の少人数対応など、現場の切迫感もあります。
それでも、本人の行動だけを切り取ってしまうと、支援の本質を見落とすことがあります。
大切なのは、本人が何に困っているのかを確認することです。
行動だけを見た表現と、支援につながる見方
| 行動だけを見た表現 | 支援につながる見方 |
| 何度も同じことを聞く | 安心できる情報が不足している可能性がある |
| 帰りたいと繰り返す | 自分の居場所や役割を確認したい可能性がある |
| 入浴を拒否する | 寒さ、不安、羞恥心、説明不足が影響している可能性がある |
| 怒りっぽい | 痛み、疲労、聞こえにくさ、急かされた感覚がある可能性がある |
| 落ち着かない | 環境の刺激や予定変更に戸惑っている可能性がある |
「何度も同じことを聞く」という場面では、記憶の保持が難しいだけでなく、安心できる情報が不足している場合があります。
「帰りたい」と繰り返す場面では、場所の認識だけでなく、本人の役割意識、不安、家族への思い、今いる場所への違和感が関係していることがあります。
「怒りっぽい」と見える場面では、痛み、疲労、聞こえにくさ、説明不足、急かされた感覚が背景にあるかもしれません。
BPSDを理解するうえでは、‶目の前に見えている行動”だけで判断しないことが大切です。
「拒否」「暴言」「不穏」と記録するだけでは、次の支援につながりにくくなります。どのような場面で起きたのか、直前に何があったのか、本人はどのような表情だったのか、どの対応で落ち着いたのかを整理する必要があります。
BPSDの背景にある本人の困りごと

BPSDの背景には、さまざまな要因があります。
まず確認したいのは、身体の状態です。
痛み、便秘、発熱、脱水、睡眠不足、空腹、疲労、薬の影響などがあると、普段と違う言動が見られることがあります。認知症の人は、自分の不調を言葉で説明しにくい場合があります。そのため、行動や表情の変化が、体調不良のサインとして現れることがあります。
次に、環境の影響があります。
音が大きい、照明がまぶしい、人の出入りが多い、場所が分かりにくい、予定が急に変わる。このような環境の変化は、不安や混乱につながることがあります。
施設入所直後やショートステイ利用時、通所サービスの初回利用時などは、本人にとって生活環境が大きく変わります。介護職員にとっては日常的な場所でも、本人にとっては見慣れない空間です。
さらに、関わり方の影響もあります。
声かけが早すぎる、説明が短い、複数の職員が一度に話す、本人の返答を待たない、できない部分ばかりに注目する。こうした関わりは、本人の不安や抵抗感を高めることがあります。
生活歴も重要です。
本人が大切にしてきた役割、仕事、家族関係、生活習慣、価値観を知ることで、表に出ている言動の意味が見えやすくなります。
たとえば、夕方に落ち着かなくなる人が、長年家族の夕食準備を担っていた人かもしれません。財布や通帳を気にする人が、家計を管理してきた人かもしれません。
BPSDの背景を確認する視点
BPSDが見られた時は、次のような視点で整理すると、支援課題が見えやすくなります。
- 身体面
痛み、発熱、便秘、脱水、睡眠不足、疲労、薬の影響などがないか。 - 心理面
不安、焦り、寂しさ、混乱、役割喪失感、見通しの持ちにくさがないか。 - 環境面
音、照明、人の出入り、場所の分かりにくさ、予定変更が影響していないか。 - 関わり方
説明不足、急かし、複数人での声かけ、本人の返答を待たない対応がなかったか。 - 生活歴・価値観
本人が大切にしてきた役割、習慣、家族関係、仕事、暮らし方と関係していないか。
BPSDを支援課題として整理するには、本人の暮らし全体を見る視点が欠かせません。
介護職員が日々のケアで確認したい視点
BPSDへの支援では、介護職員の日々の気づきがとても重要です。
医師や看護職、介護支援専門員、生活相談員、管理者が支援方針を考えるうえでも、生活場面で本人に関わっている介護職員の観察が大切な情報になります。
介護職員が確認したいのは、特別な分析だけではありません。
本人がどの時間帯に不安になりやすいのか。どの場所で落ち着きやすいのか。どの声かけなら受け入れやすいのか。誰が関わると安心しやすいのか。食事、排泄、入浴、移動、就寝前など、どの生活場面で変化が出やすいのか。
こうした情報は、日々のケアを積み重ねている介護職員だからこそ気づきやすいものです。
介護職員が観察したいポイント
| 観察する場面 | 見ておきたいこと |
| 食事 | 食欲、食べ始めるまでの様子、むせ、不安そうな表情、周囲の音への反応 |
| 入浴 | 拒否のタイミング、寒さへの反応、羞恥心、説明への理解、介助者との関係 |
| 排泄 | トイレの場所の分かりにくさ、便秘、失禁後の不安、誘導時の反応 |
| 移動 | 目的のある歩行か、落ち着かなさか、転倒リスク、歩き出す時間帯 |
| 夕方・夜間 | 帰宅願望、不安、睡眠状況、疲労、見当識の混乱 |
| 声かけ | 受け入れやすい言葉、避けた方がよい言い方、説明の長さ、待つ時間 |
介護職員は、「一つの行動の背景には様々な要因(理由)があるかもしれない」ということを考え、そこから「もしかすると、~かもしれない!」という気づきを得る感性を身につけることがとても大切です。
そして、気づいた変化を記録し、申し送りやカンファレンスで共有する。小さな気づきが積み重なることで、本人に合った支援方針が見えやすくなります。
介護記録と申し送りで支援をつなぐ
BPSDに関する記録では、行動名だけを残さないことが重要です。
「不穏あり」「拒否あり」「暴言あり」といった記録だけでは、次の支援につながりにくくなります。
記録では、少なくとも次の点を確認しておきたいところです。
- 場面
いつ、どこで、誰が関わった時に起きたのか。 - 直前の状況
声かけ、介助、環境の変化、待ち時間、体調、他利用者との関係など。 - 本人の反応
言葉、表情、しぐさ、視線、動き、声の調子など。 - 対応と結果
どのような声かけや環境調整を行い、本人がどう変化したのか。 - 次に確認すること
生活歴、家族への確認、体調変化、対応方法の見直しなど。
たとえば、次のような記録の方が、支援に活かしやすくなります。
この記録では、本人の言葉、表情、時間帯、対応、変化、次に確認することが残っています。
BPSDへの支援は、記録を通して積み重なります。
うまくいった対応、避けた方がよい関わり、安心しやすい場所、落ち着きやすい時間帯、体調との関係を共有することで、職員ごとの対応差を減らすことができます。
申し送りでは、次のように伝えると共有しやすくなります。
記録や申し送りは、本人を評価するためのものではありません。本人を理解し、次の支援につなげるための情報共有です。
ここで示した記録例や申し送り例は、実務上の参考例であり、法令上の義務ではありません。実際の記録方法は、サービス種別、自治体の指導内容、事業所の記録様式、チーム内のルールに応じて調整する必要があります。
医療職・管理者へ共有が必要になる場面
BPSDへの支援では、環境調整、関わり方の見直し、生活歴の確認、体調変化の把握など、介護職員が日々のケアの中でできる支援があります。
一方で、介護職員だけで判断しない方がよい場面もあります。
たとえば、急激な状態変化、強い幻視や妄想、重度の抑うつ状態、自傷他害の危険、せん妄が疑われる状態などがある場合は、看護職、管理者、医師、家族、介護支援専門員などへの共有が必要です。
早めに共有したい変化
- 昨日までと比べて急に様子が変わった
- 発熱、脱水、便秘、痛みなど体調不良が疑われる
- 転倒や事故につながる危険が高まっている
- 他利用者とのトラブルが続いている
- 強い不安や恐怖を訴えている
- 幻視や妄想的な訴えが強く、本人が苦しそうにしている
- 自分や他者を傷つけるおそれがある
- 夜間不眠が続き、日中の生活にも影響している
BPSDへの対応では、まず生活場面での不安、体調、環境、関わり方を確認し、非薬物的な支援の工夫を検討することが基本になります。薬物療法が検討される場合も、医師の判断と家族等への説明、本人の状態確認、効果と副作用の観察が重要です。
介護職員が行うべきことは、診断や薬物治療の判断ではありません。生活場面で起きている変化を具体的に観察し、記録し、医療職や管理者と共有できる情報として整理することが中心となります。
まとめ
BPSDは、認知症の人に見られる行動・心理症状を示す言葉です。現場で大切なのは、言動に名前をつけることだけではありません。
本人が何に困っているのか、どの場面で不安が高まりやすいのか、どの関わりで安心しやすいのかを確認することが、認知症ケアの質を高めます。
介護職員は、日々の生活場面で本人の変化に最も気づきやすい立場にあります。食事、排泄、入浴、移動、就寝前、夕方の時間帯など、生活の中で見られる小さな変化が、BPSDを理解する大切な手がかりになります。
本記事は制度解説を目的としたものではありません。法令上の義務、加算要件、運営基準に関する判断は、個別のサービス種別、最新の通知、自治体の指導内容を確認する必要があります。そのうえで、日々の記録をもとに本人理解を深め、支援方針をチームで共有することは、実務上とても重要です。
BPSDを正しく理解することは、本人主体の支援を具体化するための大切な入口になります。
参考・出典
- 厚生労働省「認知症施策」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/ninchi/index.html - 厚生労働省「認知症施策推進基本計画」
https://www.mhlw.go.jp/content/001344090.pdf - 厚生労働省法令等データベース「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=82ab9328&dataType=0&pageNo=1 - 日本認知症学会「BPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第3版)PDF」
https://dementia-japan.org/wp-content/uploads/2025/06/guideline.pdf



