介護・福祉の職場では、職員数が少ないほど、一人ひとりの心身の不調が現場全体に影響します。急な欠勤が出れば勤務表の組み直しが必要になり、夜勤、送迎、入浴介助、記録業務、家族対応の負担が残った職員に重なります。小規模な職場ほど職員同士の距離が近く、「つらい」「眠れない」「もう限界かもしれない」と言い出しにくい空気も生まれやすくなります。
こうした状況の中で、労働者数50人未満の事業場にもストレスチェックの実施義務が広がることになりました。厚生労働省は、令和7年5月14日に公布された改正労働安全衛生法により、これまで努力義務とされていた50人未満の事業場にも、ストレスチェックの実施が義務化されたと示しています。
さらに重要なのは、施行時期です。50人未満の事業場に対するストレスチェック実施義務化について、厚生労働省は施行期日を令和10年4月1日、つまり2028年4月1日と示しています。したがって、現時点では「将来、義務化されるかもしれない」という段階ではありません。介護・福祉事業場では、2028年4月の施行を見据え、実施体制、個人情報の取扱い、外部委託、職員説明の準備を進める段階に入っています。
ストレスチェックは、職員の弱さを探す仕組みではありません。働く人が自分のストレス状態に早く気づき、必要に応じて相談や医師面接につながり、事業場が職場環境を見直すための制度です。介護・福祉現場には、人手不足、夜勤、不規則勤務、利用者・家族対応、カスハラ、虐待防止対応、記録負担など、複数のストレス要因があります。制度対応を年1回の手続きで終わらせず、職員が働き続けられる職場づくりへつなげる視点が大切です。
まず確認したいのは「事業場単位」という考え方
ここで注意したいのは、介護保険や障害福祉サービスで使う「事業所」と、労働安全衛生法上の「事業場」は、必ずしも同じ意味ではないことです。介護報酬や指定基準の文脈では「事業所」という言葉を使いますが、ストレスチェック制度では、労務管理上の単位である「事業場」を基準に考える必要があります。
たとえば、法人全体では100人以上の職員がいても、通所介護、訪問介護、グループホーム、相談支援事業所、法人本部などが別々の場所や指揮命令系統で運営されている場合、それぞれの実態を確認する必要があります。反対に、同じ建物内で複数サービスを運営していても、労務管理が一体的に行われている場合は、判断が複雑になることがあります。
自法人でどの範囲を一つの「事業場」として扱うかは、所在地、指揮命令系統、労務管理の実態などを踏まえて確認する必要があります。判断に迷う場合は、社会保険労務士、労働局、労働基準監督署などへ確認することが安全です。
個人結果を誰が扱うかが最初の分岐点になる
ストレスチェックの準備で最も注意したいのは、個人結果の取扱いです。管理者が職員の状態を心配し、「結果を把握して支援したい」と考えることは自然です。しかし、ストレスチェックの個人結果は、本人の同意なく事業者へ提供されるものではありません。
ここを曖昧にすると、職員は安心して回答できません。「正直に書いたら評価に響くのではないか」「高ストレスと出たら勤務を外されるのではないか」「管理者に知られるのではないか」という不安が残ると、制度への信頼が弱くなります。
準備段階では、実施者、実施事務従事者、事業者・管理者の役割を分けて考えることが重要です。
図解:小規模事業場のストレスチェック実施体制
【① 実施者】
医師、保健師、一定の要件を満たす看護師・公認心理師など、ストレスチェックの結果を専門的に確認する役割です。高ストレス者の判定や結果の評価に関わります。
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【② 実施事務従事者】
調査票の配布、回収、結果通知、データ管理などを扱う実務担当です。個人情報に触れるため、人事権を持つ管理職が直接担うことには慎重な判断が必要です。
↓
【③ 事業者・管理者】
制度の実施方針、職員説明、相談体制、職場環境改善を担います。本人同意のない個人結果を直接見る立場には置かないことが基本です。
この図で押さえたいのは、管理者が職員が安心して受けられる環境をつくる責任を担っているということです。一方で、個人結果を直接把握する立場に置くと、職員の不安が高まりやすくなります。制度運用の責任と、個人結果の取扱いを分けることが、実務上の大きなポイントです。
実施者の確保は早めに検討する
実施者の確保は早めに検討する
50人未満の事業場では、産業医の選任義務がない場合が多く、「誰を実施者にするか」が大きな課題になります。法人内に医師、保健師、要件を満たす看護師や公認心理師などがいない場合、外部機関への委託を検討することになります。
厚生労働省は、令和8年2月25日に「小規模事業場ストレスチェック制度実施マニュアル」を公表しています。このマニュアルは、50人未満の小規模事業場に即した、労働者のプライバシーが保護され、現実的で実効性のある実施体制・実施方法等について整理したものです。
外部委託を考えるときは、「全部任せる」発想で進めるより、何を委託し、何を事業場内で担うかを分けて整理することが大切です。調査票の配布・回収、Web実施、結果通知、高ストレス者の判定、医師面接への接続、集団分析、データ保管など、委託できる業務は複数あります。
一方で、職員への説明、実施日程の調整、相談しやすい雰囲気づくり、結果を踏まえた職場環境改善は、事業場側の重要な役割です。委託先を選ぶ際は、費用だけで判断せず、個人情報の管理方法、結果通知の流れ、高ストレス者が出た場合の対応、職場改善への助言の有無を確認しておきたいところです。
産保センター・地産保も確認しておく

小規模事業場がすべて自力で体制を用意するのは簡単ではありません。厚生労働省は、労働者数50人未満の小規模事業者向けに、産業保健総合支援センター、地域産業保健センター、ストレスチェック制度サポートダイヤルなどの支援情報を示しています。
産業保健総合支援センターでは、ストレスチェック制度を含むメンタルヘルス対策について、相談対応や事業場への訪問による制度導入支援などが無料で提供されています。地域産業保健センターでは、労働者数50人未満の小規模事業場を対象に、長時間労働者や高ストレス者に対する医師の面接指導等の産業保健サービスが無料で提供されています。
介護・福祉事業場では、日々の業務に追われ、制度対応が後回しになりがちです。早い段階で地域の相談先を確認しておくことで、義務化対応を管理者や事務担当者だけで抱え込まずに済みます。
職員説明は「監視される不安」を減らすために行う
ストレスチェックを導入するとき、職員説明を簡単に済ませてしまうと、制度への不安が残ります。特に介護・福祉職は、利用者の個人情報を日々扱う専門職です。自分自身の心身の情報がどのように扱われるのかにも敏感です。
職員説明では、少なくとも次の点を伝える必要があります。
・ストレスチェックは評価や査定のために行うものではない
・個人結果は、本人の同意なく事業者へ提供されない
・高ストレスと判定されても、それだけで不利益な扱いを受けるものではない
・必要に応じて医師面接や相談につながる仕組みがある
・事業場は個人を特定しない形で、職場環境改善に活かしていく
この説明があるだけで、職員の受け止め方は変わります。制度を「管理されるもの」と感じるか、「自分を守るために使えるもの」と感じるかは、導入時の説明で大きく左右されます。
労基署への報告義務も確認しておく
現行のストレスチェック制度では、50人以上の事業場において、検査等の結果報告書を所轄労働基準監督署へ提出する実務があります。
50人未満の事業場については、令和10年4月1日、つまり2028年4月1日からストレスチェック実施義務化の対象になると示されています。ただし、義務化後にどのような報告実務が求められるかは、今後の政省令、様式、運用通知、厚生労働省のQ&A等を確認する必要があります。
ここでは、「報告義務が必ず発生する」と断定せず、準備段階で確認すべき実務項目として位置づけるのが安全です。管理者や事務担当者は、ストレスチェックの実施体制だけでなく、実施後の記録、報告、保存、問い合わせ対応まで含めて確認しておくとよいでしょう。
集団分析を職場改善につなげる
ストレスチェックは、個人の気づきだけで終わらせる制度ではありません。職場全体の傾向を見て、業務負担、人間関係、裁量の少なさ、支援体制の不足などを点検するきっかけになります。
介護・福祉現場であれば、次のような点が職場改善の入口になります。
・夜勤明けの疲労が残ったまま日常業務に入っていないか
・送迎、入浴、排泄介助など負担の大きい業務が一部職員に偏っていないか
・家族対応や苦情対応の後、職員が一人で抱え込んでいないか
・記録業務が勤務時間外に常態化していないか
・新人や異動職員が相談しにくい雰囲気になっていないか
・カスハラや強い要求への対応方針が職員任せになっていないか
すべてを一度に改善する必要はありません。まずは、休憩の取り方、相談の導線、対応後の振り返り、記録時間の見直しなど、小さな改善から始めることが現実的です。
今から準備したい6つの実務ポイント
50人未満の介護・福祉事業場が今から確認したい準備は、次の6つです。
1.自法人・自事業場で、どの単位を「事業場」として扱うかを確認することです。
2.実施者を内部で確保できるか、外部委託が必要かを確認することです。
3.実施事務従事者を誰にするかを検討することです。
4.個人結果の取扱いと本人同意の流れを整理することです。
5.高ストレス者が出た場合の相談先や医師面接の接続先を調べることです。
6.労基署への報告実務や今後の様式・通知の確認を準備項目に入れておくことです。
あわせて、2028年4月1日からの施行を見据え、2026年度中は情報収集と担当者整理、2027年度は実施体制・委託先・職員説明文の準備、2028年度開始時点で実施できる状態を目指すと、無理の少ない準備計画になります。
ストレスチェック義務化は、介護・福祉事業場にとって新たな事務負担に見えるかもしれません。しかし、職員の不調を早期に把握し、離職や休職を防ぎ、安心して支援を続けられる職場をつくる機会にもなります。
小規模な職場ほど、職員一人の疲弊が現場全体に響きます。制度が始まってから慌てるのではなく、今のうちに役割分担、個人情報保護、外部資源、職員説明、職場改善の流れを確認しておきたいところです。
参考資料
厚生労働省「ストレスチェック制度・メンタルヘルス対策」
厚生労働省「小規模事業場ストレスチェック制度実施マニュアル」
厚生労働省・こころの耳「ストレスチェック制度について 労働者数50人未満の事業場」
厚生労働省「労働者数50人未満の小規模事業者の方」
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