(筆者:ベラガイア17人材開発総合研究所 代表 梅沢佳裕:社会福祉士・ケアマネジャー)
介護の現場では、利用者対応、家族対応、申し送り、時間に追われる業務の中で、気持ちが大きく揺れる場面が少なくありません。そんなとき、皆さんに必要なのは「落ち込まないこと」ではありません。大切なのは、揺れた心を立て直し、次の行動に戻れることです。
今回の前編では、普段実施している研修の一端から、講義①「現場で気持ちを切り替える実践スキル」と、ワーク①「切り替えスイッチ実践ワーク」を通して、その場で気持ちを切り替えるための考え方と方法をご紹介していきます。後編で扱う「折れた後の回復」や「抱え込まない工夫」を理解するためにも、まず前編で自分を立て直す基本を押さえておくことが大切です。
講義①:現場で気持ちを切り替える実践スキル
レジリエンスは「気合い」ではなく、立て直す力です
この講義で最初にお伝えしたいのは、レジリエンスと精神的ケアは、似ているようで役割が違うということです。
レジリエンスとは、心が揺れたときに自分で立て直す回復力です。たとえば、申し送りで注意を受けた直後、利用者対応が重なって焦ったとき、家族の言葉が心に残ってしまったときに、呼吸や意識の向け方を使って落ち着きを取り戻し、次の仕事に戻っていく力です。
一方で、精神的ケアは、セルフケアやストレスケアも含みますが、それより少し広い意味であって、眠れない、食欲が落ちる、気分の落ち込みが続くなど、自分一人では立て直しにくい状態に対して、休養や相談、勤務調整、受診など外からの支えを使うことを指します。
ここで大事なのは、「全部、自分で何とかしなければいけない」と思い込まないことです。
使い分けとしては、次のように考えると分かりやすいです。
- その場で気持ちを回復させて戻していきたいとき → レジリエンス
- つらさが続いていて、自分だけでは戻しにくいとき → 精神的ケア
どちらが上ということではありません。皆さんが現場で長く働いていくためには、自分で立て直す力と支えてもらう力の両方が必要です。
まず必要なのは、頭より先に「体」を落ち着かせることです
気持ちが大きく揺れた直後は、頭で「落ち着こう」と思っても、なかなかうまくいきません。胸が苦しい、肩に力が入る、呼吸が浅くなる、頭が真っ白になる。そういうときは、心だけでなく体が先に緊張している状態です。
そこでまず、この講義では、最初に呼吸を扱います。ここで皆さんに注目してほしいのは、「深く吸う」ことよりも、ゆっくり吐くことに意識を向けて頂きたいということです。たとえば、4秒で吸って6秒で吐く呼吸を3回繰り返す。吐く時間を長くすることで、体の緊張が少しずつゆるみ、焦りや高ぶりも落ち着きやすくなります。
現場では、「早く気持ちを切り替えないと」と思う場面が多いでしょう。ですが、順番としては、先に体を落ち着かせることが大切です。この順番を知っているだけでも、皆さんの気持ちの戻し方は変わってきます。
切り替えとは、感情を消すことではありません
次にお伝えするのが、切り替えです。ここでいう切り替えは、「嫌な気持ちをなくすこと」ではありません。そうではなく、今やるべきことに意識を戻すことです。
介護の現場では、一つの出来事を引きずったまま、次の利用者対応や介助に入ってしまうことがあります。しかし、感情に強く引っ張られた状態では、普段ならしないミスが起きたり、言葉がきつくなったりしやすくなります。
たとえば、
- 「さっき注意されたこと」から「今やる介助」へ意識を戻す
- 「頭の中の反すう」から「目の前の手順」へ意識を戻す
- 「感情」から「今必要な動作」へ意識を戻す
こうした意識の戻し方が、切り替えです。
無理に気持ちを消そうとするのではなく、意識の向け先を変える。この考え方は、現場でとても使いやすい方法です。
区切りをつけることは、自分を守ることです
三つ目の柱が区切りです。責任感が強い方ほど、失敗や注意を受けたことを何度も思い返しやすいものです。「あの言い方はまずかった」「またやってしまった」と考え続けることで、出来事そのもの以上に疲れてしまうこともあります。
そこで必要になるのが、ここで一度止めると決めることです。
たとえば、
- 「この件はいったん上司に共有する」
- 「あとで申し送りで確認する」
- 「今はこの介助を終えることに集中する」
- 「事実だけメモして、頭の外に出す」
こうした区切りは、逃げることではありません。むしろ、自分を守りながら仕事を続けるための方法です。全部をその場で抱え込まなくてよい、と知っているだけでも、心の折れ方はかなり変わります。
すぐに使える小さな工夫を持っておくことが大切です
この講義では、現場ですぐに使いやすい工夫も紹介しています。たとえば、足裏に意識を向けること、視線を一点に置くこと、短い言葉で自分に合図を送ることなどです。どれも大がかりな準備はいりません。
特に大切なのは、長い言葉で自分を説得しようとしないことです。気持ちが揺れたときほど、短くて意味がはっきりしていて、すぐ使える言葉のほうが役立ちます。
たとえば、「ゆっくり吐く」「今の動作を見る」「まず一つずつ」など、自分に合った短い言葉を持っておくと、切り替えがしやすくなります。
回復は「たくさん頑張る」より「一つ続ける」です
さらに皆さんにお伝えしたいのは、回復のためには頑張る計画よりも、続けられる小さな習慣のほうが大切だということです。休憩中に深呼吸を3回する、帰る前に一行だけメモを書く、誰かに一言相談する。そうした「これならできる」という行動を一つ持つことが、レジリエンスを現場で使える力にしていきます。
レジリエンスは、特別に強い人だけのものではありません。皆さんが日々の仕事の中で、こまめに立て直す経験を重ねることで育っていく力です。
ワーク①:切り替えスイッチ実践ワーク
まずは「その場で落ち着く体験」をしてみます
このワークでは、講義で学んだ内容を、頭で理解するだけで終わらせず、実際に体験してみることを大切にします。最初に行うのは、4・6呼吸+足裏グラウンディングです。
椅子に深く座り、背中を起こし、視線を一点に置く。次に、4秒で吸って6秒で吐く呼吸を3回行い、吐くたびに肩の力を抜く。その後、両足で床を軽く押して、足裏の感覚に意識を向ける。最後に、「大丈夫」「今だけのこと」「深呼吸」など、自分に短い合図を送ります。
この流れのポイントは、まず体を落ち着かせることです。心が揺れた直後は、頭で考えようとしても難しいことがあります。だから先に体を整える。この順番を、皆さん自身の体で体験してもらうことが、このワークの大切な意味です。
「気持ちの切り替えスイッチ」を言葉にしてみます
続いて行うのが、切り替えスイッチ(3点メモ)づくりです。ここでは、自分が実際に心が揺れた場面、あるいは後から思い出して落ち込みやすい場面を一つ決めて、次の三つを書きます。
- 事実(1行):何が起きたか
- 気持ち(1語):いちばん強い感情
- スイッチ(1つ):今の自分を守る行動
この形にすることで、出来事を長く書きすぎず、整理しやすくなります。反省を延々と書くのではなく、次にどう切り替えるかに意識を向けることが、このワークのポイントです。
このワークは「反省会」ではありません
ここで皆さんに特にお伝えしたいのは、このワークは自分を責めるためのものではないということです。落ち込んだ場面を振り返ると、「もっとこうすればよかった」と考えがちです。ですが、このワークの目的は、反省を深めることではなく、自分を守るためのスイッチを作ることにあります。
たとえば、「呼吸を3回する」「足裏で床を押す」「メモに書いて区切る」といった、短くて実行しやすい行動を決めておく。そうすることで、次に同じような場面が来たときにも使いやすくなります。
その場で全部解決しなくてよい、と知ることが大切です
このワークで作るスイッチは、問題をその場で完全に解決するためのものではありません。自分を守り、次の仕事に戻るための合図(きっかけ)です。ここを、ぜひ皆さんに押さえてほしいと思います。
介護の現場では、全部をその場で何とかしようとして、かえって疲れてしまうことがあります。しかし実際には、まず整えて区切り、必要なら後で考えればよいのです。立て直しは、その場で完結しなくてよい。この考え方を持てるだけでも、心の負担は軽くなります。
前編のねらいは「戻るための土台」を作ることです
講義①とワーク①を通して、皆さんに持ち帰っていただきたいのは、レジリエンスとは「強い人になること」ではない、ということです。大切なのは、揺れた心に気づき、呼吸や足裏、短い合図、切り替えスイッチを使いながら、少しずつ次に戻れる状態をつくることです。
介護の現場では、落ち込まないことより、揺れたあとにどう戻るかのほうがずっと大切です。前編は、そのための具体的な土台をつくる内容になっています。
著者(講師)
ベラガイア17 人材開発総合研究所 代表 梅沢 佳裕
社会福祉士・介護支援専門員・アンガーマネジメントファシリテーター
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研修企画担当の皆さまへ(講師依頼について)
レジリエンス研修は、精神論だけで終わると、現場では「よい話を聞いた」で終わってしまいがちです。
本研修では、前編でまず呼吸・切り替え・区切りという具体的な方法を体験的に学び、自分に合った切り替えスイッチを作る流れを大切にしています。
介護職や福祉職が日々直面する、申し送り、家族対応、業務の重なり、気持ちの引きずりといった場面を想定した内容のため、新任職員にも理解しやすく、ベテラン職員にとっても自分の支援や心の守り方を見直す機会になります。
また、事業所の職員層や研修時間に応じて、
- 講義中心で行う
- ワークを多めに入れる
- 新任向けに基礎重視で行う
- 中堅職員向けに実践重視で行う
といった調整もしやすいテーマです。
このような事業所様におすすめです
- 職員が気持ちを引きずりやすく、切り替えが難しい
- 感情的な疲れがたまりやすい
- メンタル不調の手前で支えたい
- 我慢ではなく、具体的な対処法を職員に伝えたい
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