介護現場や障がい者支援の場では、急変や事故が予期せず発生することがあります。転倒や誤嚥といった事故だけでなく、結果的に被害が生じなかった出来事も重大な気づきになります。これらを正確に記録し、再発防止に結びつけることは専門職としての責務です。加えて、介護保険サービス事業者と障害福祉サービス事業者には、事故が発生した場合に速やかに事故報告書を作成し、事業所所在地を所管する地方自治体(市区町村などの担当課)へ提出する義務があります。内部での口頭報告だけで終わらせず、管理者への報告→医師や看護職への連絡→家族や後見人への連絡→地方自治体への提出という流れを、根拠の残る文書で確実に行います。提出様式や提出期限は自治体ごとに定めが異なるため、日頃から最新の要領を確認し、当日または翌営業日までの提出を想定して準備しておきましょう。
1.ヒヤリハット・事故報告書とは
ヒヤリハットは、事故には至らなかったものの、事故につながり得た出来事を指します。設備の不具合、動線の混雑、声かけの不足、食形態の不一致など、原因は一つとは限りません。重要なのは、事実を客観的に残し、要因と対策を具体化することです。評価語や推測で締めくくらず、時刻・場所・関与者・状況・初動対応・結果・再発防止策を一続きの文章で記録します。
一方で事故報告書は、実際に被害や影響が生じた事案について、発生から対応、結果、再発防止策までを体系的に整理し、地方自治体へ速やかに提出する公式文書です。日誌の記載と矛盾が生じないよう、日々の記録と同じ事実の軸で作成します。提出後は、対策の実施状況と効果検証を定期的に追記し、カンファレンスや研修に活用します。
ヒヤリハット記録の例
2025年3月10日 11時30分、食堂で昼食介助中に利用者Aさんが味噌汁を飲んだ直後に2回咳き込みました。職員が1口量を半分に調整し、姿勢を前傾に整えて水分を少量ずつ提供した結果、3分で落ち着きました。看護職へ報告し、次回は1口量の統一と食前の姿勢確認を徹底します。
事故報告対象ではないが重要な小さな異常の例
2025年4月2日 9時55分、廊下のマットの角が反り返っている箇所があり、利用者がつまずきそうになりました。職員がすぐに固定し、安全確認を行いました。設備点検表に該当項目を追加し、始業時のチェックを強化します。
2.ヒヤリハットと事故報告書の書き方
ヒヤリハットは「起きなかった事故の種」を見つける機会です。重要なのは、観察事実に基づき、初動対応と再発防止策まで一文の流れで記録することです。
文例(移乗時のヒヤリ)
2025年5月1日 14時05分、車いすからベッドへの移乗時に足元の靴が脱げかけて踏み外しそうになりました。職員2名で支持し直して安全に移乗を完了しました。靴の面ファスナーを確認し、以後は移乗前点検に靴の固定確認を追加します。
文例(配薬手順のヒヤリ)
2025年5月8日 7時55分、朝の配薬時に同姓の利用者の薬包を手に取りました。バーコードで本人確認を行った時点で誤りに気づき、投与はしていません。配薬トレーの名札を大きくし、配薬時の声出し確認を2段階で実施します。
事故報告書は、第三者が読んでも同じ状況を再現できる精度が求められます。提出先は事業所所在地の地方自治体(市区町村などの担当課)であり、速やかに提出する必要があります。
文例(転倒の事故報告)
2025年6月3日 15時10分、居室で利用者Bさんが立ち上がり時にバランスを崩して床に尻もちをつきました。職員が直後に確認したところ、意識は清明で会話が可能でした。右臀部に軽度の痛みの訴えがあり、皮膚に発赤を認めました。冷却を実施し、看護職が状態を観察しました。家族に連絡し、受診の必要性について医師の指示を受けました。管理者に報告し、地方自治体の定める様式に基づく事故報告書を当日中に提出します。再発防止として、ベッド周囲の動線を整理し、離床時の声かけを徹底します。
文例(誤薬の事故報告)
2025年6月12日 7時50分、朝の配薬時に利用者Cさんへ予定と異なる薬包を一包投与しました。投与後五分で気づき、医師に連絡して指示を受けました。現時点で症状は認めません。家族に状況を説明し、管理者に報告しました。地方自治体の事故報告様式に従い、速やかに報告書を提出します。再発防止として、配薬トレーの並び順を変更し、二名確認と読み上げ確認を必須化します。
小まとめ
急変や事故の記録は、利用者の安全と事業者の説明責任を同時に支える基盤です。ヒヤリハットでは事実と再発防止策を書き切り、事故が発生した場合には地方自治体への速やかな提出まで遂行することが事業者の義務です。すべての記録は観察事実と具体的な行動で構成し、推測や評価語を避けましょう。今日の一行が、明日の安全を高め、現場の信頼を積み上げます。記録は未来への道しるべであり、公的な責任を果たす証拠となるのです。

