(筆者:ベラガイア17人材開発総合研究所 代表 梅沢佳裕:社会福祉士・ケアマネジャー)
介護・福祉の現場で起こる不適切ケア・不適切支援は、特別な誰かが起こすものではありません。忙しさ、焦り、思い込み、職場の慣れ――そうした日常の積み重ねの中で、どの職場でも起こり得るものです。だからこそ、この研修の前半では、まず「虐待」と「不適切(ケア)支援」の違いとつながりを理解し、自らの支援を振り返るところから始めていきましょう。いきなり「改善策」や「防止策」に進むのではなく、まずは現場で起きていることを正しく見つめる。その土台づくりが、講義①とワーク①の大きなねらいです。
講義①:虐待と不適切支援の理解
日常の小さなズレを見過ごさないことが、権利擁護の第一歩です
講義①でまず大切にしているのは、虐待と不適切ケア・不適切支援を、まったく別の話として切り離さないことです。虐待は、法に照らして明確に禁止される権利侵害です。一方で、不適切支援には法的な定義がないものの、利用者の思いを聞かない、強い口調で急かす、説明なく行動を変えさせる、本人の意向を十分に確かめずに進めるなど、日常の支援の中で起こりやすい“グレーゾーン”が含まれます。
ここで重要なのは、不適切ケア・不適切支援の多くが、最初から悪意で行われるわけではないという点です。むしろ現場では、時間に追われていたり、予定どおりに進めたい気持ちが強くなったりして、「仕方がない」「よくあること」として起きてしまいやすい。けれども、その“小さなズレ”をそのままにしておくと、利用者の安心や尊厳、自分で選ぶ機会が少しずつ失われていきます。つまり、不適切ケア・不適切支援は虐待とは違うが、無関係ではないのです。
この講義では、そうした支援のズレを「少しくらいなら大丈夫」と流さず、立ち止まって見直すことの大切さを確認します。支援者にとっては何気ない一言でも、利用者にとっては強くしばられたように感じることがあります。たとえば、
- 「早くして!」
- 「今は動かないで!」
- 「そのまま座っていて!」
- 「あとでにして!」
こうした言葉は、安全確保や作業の都合から出ていることも多いでしょう。しかし、説明や納得の機会がないまま繰り返されると、利用者にとっては行動を制限される言葉として受け止められることがあります。いわゆるスピーチロックと呼ばれる考え方も、まさにこの延長線上にあります。
ここで問われるのは、「その言葉が正しかったか」だけではありません。なぜその言葉が出たのか、その背景に何があったのかを振り返ることが大切です。忙しさがあったのか、焦りがあったのか、説明する時間を惜しんでしまったのか、本人の気持ちを確かめるよりも予定を優先してしまったのか。そうした背景まで見つめてはじめて、表面的な言い換えではない、本当の意味での見直しにつながります。
さらに講義①では、不適切支援を個人の性格や資質だけの問題にしない視点も重視されています。現場で不適切支援が起きる背景には、次のような要因が重なっていることが少なくありません。
- 多忙や人手不足
- 時間に追われる業務の流れ
- 情報共有の不足
- 職員ごとの価値観の違い
- 「前からこうしている」という慣習
こうした要因が重なると、どんなに真面目な職員でも判断がずれやすくなります。だからこそ、不適切支援は「問題のある職員を見つけること」ではなく、支援の構造や職場の環境を見直すこととして捉える必要があります。この視点があるかどうかで、研修後の職場の空気は大きく変わります。互いを批判し合う責めてしまうのではなく、よりよい支援を考える話し合いに変わっていくからです。
ワーク①:自分の支援の振り返り
「自分は大丈夫」と思わず、日々の支援を見つめ直す時間に
講義①で基本的な考え方を確認したあと、ワーク①では、自分の支援を振り返る時間が設けられています。ここで求められるのは、立派な答えを出すことではありません。むしろ、「あのときの対応はどうだっただろう」「もしかしたら、利用者にとってはつらかったかもしれない」と、自分の支援を少し離れて見つめることが大切です。
ワークでは、最近の支援の中から、「これは不適切支援だったかもしれない」と思う場面を一つ選んで振り返ります。たとえば、
- 強い口調になってしまった
- 急がせてしまった
- 説明が不十分なまま進めてしまった
- 本人の気持ちをよく聞かずに決めてしまった
こうした場面は、どの職場にも起こり得ます。経験の浅い職員であれば、「実際にはまだないが、こういう場面ではそうなりそうだ」と想像して考えてもよい。この点は、新任職員にも参加しやすい工夫だといえます。
このワークのよいところは、「よくなかった」で終わらないところです。次に考えるのは、なぜその対応になったのかです。たとえば、焦っていたのか、疲れていたのか、周囲への遠慮があったのか、利用者への思い込みがあったのか。行動だけでなく、その背景にある気持ちや状況まで見ていくことで、支援のズレは個人の反省だけでなく、職場全体で考えるべき課題として見えてきます。
さらに、利用者がその場面でどう感じた可能性があるかを考えることも大切です。職員に悪気がなかったとしても、利用者は「怖かった」「急かされた」「無視された」「自分のことをわかってもらえなかった」と感じていたかもしれません。ここで基準になるのは、職員がどう思っていたかより、利用者がどう受け止めたかです。この視点は、不適切支援を見直すうえでとても大切です。
そして最後に、「では、どんな対応が望ましかったのか」を考えます。別の言い方があったかもしれない。先に説明することができたかもしれない。本人の気持ちを聞く時間を少し取れたかもしれない。こうして振り返ることで、次に同じような場面が来たときの対応が変わっていきます。
このワークで大切なのは、不適切ケア・不適切支援は、誰にでも起こり得るリスクがあると理解することです。だからこそ、「そのような事態を引き起こした職員を責める」のではなく、二度と同じ事態を引き起こさないために、支援の質を高めるための学びに変えることが必要です。自分の支援を振り返ることは、つらい行為に感じることもありますが、見方を変えれば、よりよい支援に近づくための大事な出発点です。
講義①とワーク①の組み合わせは、まさにそのためにあります。まず基本理解を持ち、そのうえで自分の支援を具体的に振り返る。この順番があるからこそ、不適切支援は遠い話ではなく、自分たちの日々の支援の中にある課題として見えてきます。そして、それが後半のチームづくりや再発防止の学びにつながっていくのです。前編はここまでとしましょう。お疲れさまでした。
(後編につづく)
研修企画担当の皆さまへ(講師依頼について)
不適切ケア・不適切支援の研修は、単に「虐待はいけない」と確認するだけでは、現場の改善につながりにくいことがあります。実際には、日々の忙しさ、焦り、声かけの癖、利用者理解の浅さ、職場の慣習など、いくつもの要因が重なって不適切支援の芽が生まれます。だからこそ本研修では、前半でまず基本理解と自己の振り返りを丁寧に行い、後半で個人とチームの両面から予防を考える流れを大切にしています。
高齢分野、障害分野、入所、通所、訪問など、事業所の種別によって起こりやすい場面は異なります。職員層に応じて、事例や伝え方を調整しながら、現場で無理なく生かせる内容としてご提案することが可能です。不適切ケア・不適切支援を「誰かの問題」として終わらせず、「チームで防ぐ課題」として扱いたい事業所様にとって、導入しやすい研修テーマの一つです。
著者(講師)クレジット
ベラガイア17 人材開発総合研究所 代表 梅沢 佳裕
社会福祉士・介護支援専門員・アンガーマネジメントファシリテーター
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