――「嫌だ」「来なくていい」の奥にある不安をどう支えるか
認知症が進行すると、物盗られ妄想・訪問拒否・サービス拒否・暴言などが目立ってきます。
居宅ケアマネとして支援を続けたいのに、
「勝手に決めないでくれ」
「あんたに頼んだ覚えはない」
「もう来ないでくれ」
と強い言葉を投げかけられ、心が折れそうになることも少なくありません。
しかし、そこには「支援がいらない」という意思だけでなく、不安・混乱・プライド・恥ずかしさなど、さまざまな感情が重なっています。
今回は、認知症の進行とともに支援拒否が強まるケースを取り上げ、
居宅ケアマネとしての見立てのポイントと実務的な関わり方を整理します。
1.「拒否」の背景をどう見立てるか ― 認知機能と感情の両面から考える
1-1 「拒否=悪いこと」と決めつけない
まず大切なのは、**「拒否=ケアマネの失敗」**と短絡的に捉えないことです。
認知症の方にとって、
- 見慣れない人が家に入る
- 予定していない時間に訪問される
- 書類や説明が増える
こと自体が強いストレスや不安になります。
「拒否」は、自分を守るための精一杯の反応である場合が多く、
ケアマネ個人への評価ではありません。
この前提をチーム全体で共有しておくと、
「また断られた…」という感情的な落ち込みが和らぎます。
1-2 認知症の症状特性から考える
支援拒否が強いときには、認知症の症状特性をセットで考えます。
たとえば、
- 記憶障害:前回の説明や同意の記憶が抜け落ち、「知らない人が急に来た」と感じる
- 見当識障害:時間や場所の感覚がずれ、訪問を「突然の侵入」と受け取る
- 被害妄想:金品や通帳の管理に不安があり、「何かを取られるのでは」と警戒する
このような症状が影響している場合、論理的な説得だけでは届きません。
ケアマネがいくら丁寧に説明しても、
本人には「また知らない人が何かを言っている」としか感じられないことがあります。
1-3 感情面の背景を整理する
支援拒否の背景には、次のような感情が絡んでいることも多いです。
- プライド:「弱くなった自分を見せたくない」
- 恥ずかしさ:「家の中を見られたくない」
- 喪失感:「家族に迷惑をかけている」
これらはアセスメントや家族からの情報、これまでの人生歴から推測できます。
たとえば、長年自営業をしてきた「家長」タイプの方は、
他人に生活を見られることを強い屈辱と感じる場合があります。
このような背景を押さえたうえで、
「どこまで支援を進めるか」「どのタイミングで踏み込むか」を調整します。
2.支援拒否が強いケースでの具体的な対応のポイント
2-1 「説明」よりも「安心」を先に届ける
支援拒否が強いとき、ケアマネはつい制度説明や必要性の説得に力が入ってしまいます。
しかし、認知症の方にとって大事なのは、
この人は自分にとって安全で、敵ではないという感覚です。
そのために、次のような工夫が有効です。
- 最初からケアマネが前面に出ず、顔なじみの家族やヘルパーに同席してもらう
- 「今日は〇〇さんにお会いできるのを楽しみにしてきました」など、挨拶と雑談から始める
- 書類やパンフレットを一度に出さず、最低限の説明に留める
安心感が先、説明は後。
この順番を意識するだけで、拒否の強さが和らぐことがあります。
2-2 「訪問の間口」を広げる
訪問の目的を「サービス導入の説明」だけにしてしまうと、
本人にとっては負担の大きい時間になります。
そこで、訪問の“間口”を広げておきます。
- 「最近の体調や困りごとを一緒に確認する日」
- 「好きだったことをゆっくり聞く日」
- 「家族の心配ごとをこっそり相談する日」
情報収集・関係づくり・家族支援を織り交ぜ、
毎回の訪問に「何か一つ意味があればよし」と考えると、
ケアマネ自身の気持ちも楽になります。
2-3 小さな“本人の選択”を積み重ねる
認知症の方でも、**「自分で決められること」**があると安心します。
- どこで話すか
- 飲み物を出すかどうか
- 相談の順番をどうするか
「こちらで全部決めてしまう」のではなく、
小さな選択を一つ尋ねるようにすると、
「この人は自分の意見を聞いてくれる」という信頼感が生まれます。
2-4 家族・地域を巻き込んだ「複数の窓口」づくり
認知症の方は、その日の調子や相手との相性によって反応が変わります。
ケアマネが話を聞いてもらえない場合でも、
- 別の日ならヘルパーとは話せる
- 民生委員には心を開く
といった“別の窓口”が存在することがあります。
したがって、ケアマネは「自分が説得できるかどうか」だけにこだわらず、
誰なら受け入れられているかを把握し、
チームで役割分担をしていくことが大切です。
小まとめ ― 「拒否」とともに歩むケアマネのスタンス
認知症が進行し、支援拒否が強くなるケースは大きな負担になります。
しかし、「拒否=支援の終わり」ではありません。
1️⃣ 背景には不安・混乱・プライド・人生歴がある。
2️⃣ 説明より安心を優先し、小さな選択を積み重ねて信頼を育てる。
3️⃣ 家族・多職種・地域と連携して、一人で抱え込まない。
この三つの視点を持つことで、「困難ケース」を通してケアマネ自身の専門性も育っていきます。
拒否に傷つきすぎず、しかし諦めず、“その人のペース”で支援を続ける姿勢こそが、居宅ケアマネの力の見せどころです。

