2024年度の介護報酬改定により、すべての介護事業所でBCP(業務継続計画)の策定と訓練が義務化されました。前回は「計画を作るだけでは意味がない」というテーマで、BCPを現場に根づかせる考え方をご紹介しました。
今回は、実際に自然災害を想定した“机上訓練”をどう実施するか、その手順とコツを具体的に解説します。「何から始めればいい?」「どんなシナリオを使えば効果的?」とお悩みの管理者・リーダーの方にぜひ読んでいただきたい内容です。
1.机上訓練の基本ステップ|計画~実施~ふりかえりまで
机上訓練は、現場を動かさずに行えるBCP訓練のひとつで、低負荷ながら実効性を高める第一歩です。主な進行ステップは以下の通りです。
✅訓練の5ステップ
- 目的を明確にする
→ 例:「地震発生時の初動対応を確認する」「夜勤帯の役割分担を検証する」など。 - シナリオ(想定事象)を設定する
→ 現場に即したリアルな状況を想定。詳細は次項でご紹介します。 - 参加職種を決定する
→ 介護職・看護師・厨房・送迎・事務など、多職種をできるだけ含めると効果的です。 - 訓練を進行する(ファシリテーター配置)
→ 話し合いの流れを誘導し、気づきを引き出す進行役を設けましょう。 - ふりかえりと記録・改善
→ 訓練後は気づきを整理し、BCPの改訂やマニュアル修正に活かします。
2.自然災害を想定した訓練シナリオ|3つの事例
訓練の質を左右するのが**「シナリオ設定」**です。現場で起こりうるリアルな状況を用意しましょう。以下に汎用性の高い3つの例を紹介します。
▶シナリオ①:日中の地震+停電
想定状況:
午後2時ごろ、震度6弱の地震が発生。施設内の電気・水道が停止。エレベーターが止まり、2階の車いす利用者10名が1階へ避難困難。
検討ポイント:
- スタッフ配置と人手の確保
- 介助方法(担架、階段介助、シート使用など)
- 家族・行政への連絡手段(電話不通の場合の代替)
- トイレ対応・備蓄品の配置
▶シナリオ②:夜間帯の大雨による避難指示
想定状況:
深夜1時、市区町村から土砂災害による「高齢者等避難」が発令。夜勤職員は2名。利用者は30名(うち寝たきり多数)。
検討ポイント:
- 最小限の安全確保を誰が判断するか
- 外部との連絡体制(地域包括支援センター、消防など)
- 同意を得たうえでの施設内避難の検討
- 避難先の確保と搬送方法
▶シナリオ③:送迎中の地震(デイサービス向け)
想定状況:
午前9時、送迎車が3台に分かれて運行中に地震発生。道路の一部が通行止めに。
検討ポイント:
- 安否確認と居場所把握
- 利用者の受け入れ優先順位
- 運転者と事業所内の連絡手段
- 自治体や家族との情報共有の方法
3.リアル感を出すには?グループワークの工夫
机上訓練が“他人事”にならないようにするためには、以下のような参加型の工夫が有効です。
💡工夫ポイント
- 役割カードを配布する:「あなたは夜勤介護職」「あなたは厨房責任者」など役割を演じながら話し合う
- 図面を使って動線を確認する:避難経路や備蓄場所を図上で可視化
- タイムリミット方式で進行する:「10分以内に初動方針を決定」などの制限を設けると現実味が増す
グループ内で「自分ならこうする」という意見を引き出すことで、机上訓練が“自分事”に変わります。
4.多職種連携を取り入れる視点とは?
BCP訓練は、介護職だけのものではありません。施設全体が連動して動けるかがポイントです。
✅職種ごとの役割の例
- 看護師: 医療的ケア・薬の管理・体調不良者対応
- 厨房: 非常食の対応・断水時の代替食提供
- 送迎スタッフ: 帰宅困難時の支援・車両移動の判断
- 事務: 外部連絡・安否確認リストの整理
訓練では「誰が何をするか」があいまいになりがちです。あらかじめ役割分担表を作成し、訓練の中で実行性を検証しましょう。
5.訓練後の記録とPDCAの回し方
訓練の実施後は、**必ず記録を取り、改善サイクル(PDCA)**につなげましょう。
📋記録すべきポイント
- 実施日・参加者・訓練の目的
- 実際に話し合われた内容(課題・良かった点)
- 発見された課題と改善策
- BCP・マニュアルの見直しの要否
このように記録を残しておけば、行政監査や加算要件の証明にもなります。また、次年度の訓練に向けての基盤資料にもなります。
6.実施事業所の“好事例”から学ぶ
最後に、訓練を効果的に行っている事業所の工夫をいくつか紹介します。
✅事例①:毎月1回の「ミニ訓練」を実施(特養)
毎月、15分だけでも避難誘導・連絡手順・備品確認などの「ミニ訓練」を実施。「訓練は特別なことではなく、日常の一部」として習慣化。
✅事例②:地域包括支援センターと合同訓練(居宅)
要配慮高齢者の安否確認をテーマに、ケアマネと地域包括支援センターが合同で机上訓練を実施。事業所内外の連携が強化された。
✅事例③:職員の“通勤困難”を想定した個人訓練(デイ)
災害時に通勤困難となる職員の行動計画(パーソナルBCP)を作成し、個別に検証。施設運営を継続するための人員計画につなげた。
まとめ:机上訓練が“動ける備え”を育てる
自然災害はいつ起きるか分かりません。だからこそ「想定」して「備える」ことが必要です。 机上訓練は、低リスク・低コストでできるBCP強化の第一歩です。
多職種を巻き込み、職員の声を引き出しながら、“動けるBCP”へブラッシュアップしていきましょう。